伊集院光さんのラジオが好きで、オーデカナイトから途中ブランクもありながらも、ずっと聞き続けています。『深夜の馬鹿力』は当然のこと、二年前から大沢悠里さんの番組を終了とともに始まった『伊集院光とらじおと』も出来る限り聞いています。
『とらじおと』には月曜から木曜にそれぞれコーナーがあるのですが、木曜日のレギュラーコーナーに「伊集院光とらじおと放哉と山頭火と」いうコーナーがあります。
これは自由律俳句の二巨人・尾崎放哉(おざきほうさい)、種田山頭火(たねださんとうか)の名にちなんだコーナーで、リスナーから寄せられた自由律俳句を数句ピックアップし、有馬隼人さん、柴田理恵さん、そして伊集院光さんがその句に対して「あーでもない、こーでもない」という感想をいうものです。
形式もなくつづられる寸句がゆえに解釈も様々で、例えば「終点」という言葉から、柴田さんは小田急線の終点の江ノ島を連想すれば、伊集院さんは意外にも不倫の末路を想像するなど、その名の通り、自由なことば遊びの極みみたいなコーナーになっています。
「あらゆる選択を間違えてここにいる」by 煮え湯500杯 さん
「次の角を曲がったら話そう」by くらのすけ さん
上は番組に寄せられた句の一部です。どうでしょうか、どんな心理、状況、情景が思い浮かぶでしょうか?どちらも味わい深く、ポジティブにもネガティブにも、悲劇にも喜劇にも読める名句です。
さて、この平成30年の日本中から寄せられるさまざまな自由律俳句、その歴史の中でも非常に人気があるのがタイトルにもなっている放哉と山頭火です。どちらもググるとたくさんの作品をみることができます。
「咳をしてもひとり」 放哉
「まっすぐな道でさみしい」山頭火
このあたりがやはり有名でしょうか。寂寥感や孤独のなかにどこか諧謔的な響きを感じてしまいます。
そんなこんなで自由律俳句に少しずつハマり、やはり二人の句を多く読んでみたいなとうっすらと感じていたところ、目に飛び込んできたのがコチラです。
「種田山頭火全集68作品⇒1冊』kindle版
しかも値段は99円!
秒速でポチってしまいました。
iPhoneSEにいれて手のひらサイズで読んでいます。長編の読書もいいですが、こうした寸句の中に凝縮された悲哀、孤独、季節、情景、こころにふと思いをめぐらせてみてはいかがでしょうか。
勢いあまって『伊集院光とらじおと放哉と山頭火と』にも投稿してみました。読まれたらまた報告したいと思います。