『サ道』と出会う
「ケンタローさん『サドウ』って知ってます?」
そんな一言をいただいたのは9月のアタマ。場所は目白の古着屋DUST AND ROCKS(ダストアンドロックス)。The Collectorsのギタリスト・古市コータローさんが手掛ける古着屋の店長・キムタクさんからでした。
「サドウとな?」
キムタクさんがいう「サドウ」とはテレ東のドラマ『サ道』のこと。『サ道』とは「茶道」ではなく、「サウナ道」の略語のことで、原田泰造さん演じる「ナカちゃん(ナカタアツロウ)」がサウナに目覚め、ひたすら全国のサウナに入りに行き、その模様をサウナ仲間(三宅弘城さん&磯村勇斗さん)とあーでもないこーでもないと語り合うという、「ザッツ・テレ東深夜枠」なドラマのことでした。
www.tv-tokyo.co.jp
「ととのう」とは?
なんでもキムタクさんがいうにはサウナの楽しみ方は「温冷交代浴」という決められた手順での入浴作法を通じて、「ととのう」状態を得ることらしいのです。
温冷交代浴とは、文字通りアツいサウナに入って汗をかき(温)、そののち水風呂に入り(冷)を繰り返す健康増進法のひとつ。そしてこの水風呂に入ったあとに外気にあたる(外気浴)ときに訪れる、得も言われぬ状態を「ととのう」と呼ぶとのことでした。
「ととのう」とは、ある種の心身のバランスが整った深いリラックス状態のことで、ドラマの原作となったタナカカツキさんの漫画によってサウナ界隈に広まった言葉のようです。
「ととのった」状態は、別名として「サウナトリップ」「サウナトランス」あるいは「ニルヴァーナ(涅槃)」と様々な呼び名があり、ドラマにおいてはタイダイTシャツのようなサイケデリックな背景の中で、腰タオル一丁の泰造さんが「ととのったー!」と快感の叫びを漏らすシーンとして表現されます。
温泉や銭湯にサウナがあれば、ちょっと汗をかいてみたくて入ったことはあるが、そんな世界があるとは全然知らなかったということを告げたところ、「ってことはまだととのい童貞ってことですね」とのお言葉が。
「ととのい童貞」というパワーワードに撃たれ、こうなったら未体験の「ととのい」を味わってやらあ!ということで、サウナパイセンのキムタクさんの引率のもと、ドラマ『サ道』ロケ地でもある上野の名サウナ『北欧』にいくことになったのでした。
北欧へ
弱い雨が降る敬老の日、午前10時に上野駅の浅草口集合。アメ横や動物園、美術館などがある方とは全く別の、どちらかといえば夜の匂いがするエリアの中に『北欧』はあります。
www.saunahokuou.com
ビルの2階から5階はカプセルホテルで、かつて東北の玄関口だった上野駅を彷彿とさせる趣があります。東北新幹線が東京駅まで開通する以前は、ここで泊まって旅の疲れをいやしたのでしょうか。
サウナのある大浴場は7階でフロントは6階。フロントにはサイン入りの『サ道』のポスターが飾られていました。
コースがいろいろあるようでしたが、キムタクさんのオススメの3時間1000円の「クイックサウナコース」を選択。初回ならこのコースで全く問題なしで、都内でもだいぶリーズナブルな価格設定とのことでした。
脱衣所でドラマの劇中で3人が来ていた館内着に着替え、さっそく大浴場へ。3連休の最終日の朝でしたが、すでに20人くらいのお客さんがいるようでした。
カプセルホテルということもあって、ヒゲソリからシェービングクリーム、歯ブラシに綿棒にとアメニティの充実っぷり!なんとアカスリタオルまで用意されているので、ドラマの泰造さんのようにカラダをガシガシと洗って清めます。
汗をかきやすい状態にしたほうがいいとのアドバイスをうけ、いったんお風呂に入浴。広い風呂ってのは本当にありがたいもんです。極楽かな。
サウナルームへ
数分入って少し体が温まってきたところで、お湯から上がり、カラダの表面の水分をタオルで拭い、いよいよサウナへ。とりあえず8~10分を目安に入ってみることにしました。
サウナルームの横にはちょうど一人が座れるサイズの小ぶりのお風呂マット(サウナマット)のようなものがあり、この備え付けの「サウナマット」をそれぞれが1枚ずつ持って入るスタイルで、これをお尻に敷くのがマナーになっているようでした。
サウナ部屋には4,5人の先客。室温計の差す温度は106℃。何段目に座るかで体感温度がかわるとのことで、とりあえず2段目にin。「ムリだと思ったらいつでも出ていいっすよー」との助言をいただきました。そうです、サウナはガマン比べ大会ではないのです。
3,4分経ったところでじっとりと汗がにじんできます。いままで入ったサウナが何度くらいだったかあまり注意していなかったのですが、なかなかのアツさ。でも不思議とあまり苦しさは感じませんでした。
サウナというと、もう少し息苦しくなってくるイメージがあったのですが、キムタクさんによると、湿度がある程度あるところならばわりと大丈夫とのこと。サウナは温度とともに湿度がとても大事とされ、僕が過去に入ってきたところはきっと湿度管理があまりちゃんとされていなかったのではないかとのことでした。
サウナルームにあるテレビを見るともなく見ていると12分計(サウナルームにある、1周すると12分が経つ秒針と分針のみの時計、通称「サウナタイマー」)の針はあっという間に7分を回り、いよいよ目標の8分まであと1分になりました。まだカラダ的には大丈夫そうなので、あと1分ならばぜんぜん大丈夫そうです。
しかし「あと1分」と思い、12分計をみると、針の進みが遅く感じられます。「時間とは意識の内容である」という言葉がありますが、テレビを見ているとあっという間の時間も、サウナタイマーの針を見ているとボミオスかスロウガを食らったような時間間隔になっていきました。60秒がなんとも長い…。
しかし、時間はちゃんと経って行きました。「じゃ、そろそろ出ましょか」と隣に座ったキムタクさんから促され、お尻の下からサウナマットを引き取って1セット目のサウナルームをあとにしました。
サウナルームの目の前の洗い場のシャワーで汗を流します。気持ち良すぎる。サウナで汗をかいた状態で水風呂に入ることは「かけず小僧」という重大なマナー違反で、サウナでは御法度とのことでした。
水風呂へ
いよいよ水風呂です。実はこれが苦手で、僕は過去に一度も水風呂に入れたことがありませんでした。急に心臓が止まったりしたらどうしよう…などと悪いことを考えてしまって、どうも全身を水に浸からせることができなかったのでした。
しかし今日は「ととのい」に来たのです。そして強力な助っ人がいっしょにいてくれます。水風呂に備え付けの手桶で3,4杯水をかぶり、そろりそろりと水温16℃の水の中へ。
これは冷たい!ですが、サウナで十分にあたたまったカラダはちゃんと耐えてくれました。肩まで使って深い呼吸を心がけていると、自分の体のまわりに温かい膜が貼られて思ったより冷たさを感じません。
これがドラマでもいっていた「温度の羽衣」!カラダを水の中で動かさない限りは、体温で熱せられたカラダの周囲の水がフバーハのように全身を包んでいるのを感じます。
「は!?そういえば何分くらい入るんだっけ?」とちょっと不安に思ったところ、「ちゃんと時間見てるんで大丈夫です。1分ちょっとしたら出ましょう」と頼もしい声。なにごとにも先達はあらまほしきことなり。
「首までつかると全身の血流の温度も下がっていいっすよ」とアドバイスをいただき、首までつかることに。ふむう。冷たいけどキモチイイ。俺は本当に16℃の水の中にいるのだろうか。あっという間に1分が経ち、いよいよ「ととのいスポット」こと外気浴エリアへ。
外気浴(ととのいスポット)へ
『北欧』の外気浴エリアは「トゴールの湯」という長方形の露天風呂の4面に置かれたプラスチック製の椅子と寝椅子から構成されています。
「ととのう」ためには「サウナ→水風呂→休憩」を1セットとした入浴手順を3~5回くりかえすことが大事とされ、「ととのった」状態はこの休憩フェイズにて体感(出来?)できるようです。
ドラマ『サ道』でも、この「ととのいスポット」に主役の3人が並んで座り、サウナについての四方山話をするシーンが多く出てくるので、同じことをやってみたいと思ってましたが、あいにくの雨。
ちょうど露天風呂の屋根の下に二つ並んだ椅子があったので、雨をしのぎつつ、そこで休憩をすることにします。
この休憩が本当に何とも言えずキモチイイ。サウナで芯から温められ、水風呂で表層から冷やされたカラダは、いわばアイスを載せたパンケーキのような状態です。
温冷のちょうどまんなかというか、温かくもなく寒くもなくなった状態のカラダに、ゆるゆると柔らかい風が吹いてきます。
『北欧』の外気浴エリア(露天風呂エリア)は、ちょっとほかでは見たことが無いような設計になっていて、中央の露天風呂の上にだけ屋根があり、その屋根の両サイドからは上野の狭い空が眺められるつくりになっています。
聞いたところでは、この独特の設計がやわらかい風を生み出し、『北欧』を人気店にしているとかしていないとか。ときどき聞こえる車のエキゾーストやクラクションの音さえも心地よく聞こえてきます。
椅子に座って休んでいるだけなのですが、なんだか気持ちが良すぎて顔が勝手にニヤけて来てしまう感じで、それを隣のキムタクさんに伝えると「バッチリです!」と向こうからも笑顔の返答が。どうやら1セット目はバッチリなようでした。
周囲を見るとみなさんがそれぞれに椅子やリクライニングベッドに身を預け、それぞれに休憩を取っています。
驚くのはみなさんのマナーの良さ。自分が使用した椅子やベッドを洗い流すだけでなく、次の人が使うために手桶にお湯を汲んでおくという紳士ぶり。
こういった「サウナ・トライブ」の良きマナーのつらなりがこの空間を心地よいものにしているのだなと、サウナ初体験の僕としては感心したのでした。
何分休んだかはちょっと覚えてませんでしたが、「そろそろ2セット目行きましょうか」とのことで、いったんトゴールの湯につかり、またカラダを少し温めることからスタートです。
2セット目
湯から上がり、冷水器の水を何口か飲んで、再びサウナルームへ。入ってみるとなんと満席。「こういう時ってどうするんですか?」と聞いたところ、「端っこの方で立って待ってれば大丈夫です」とのこと。
みなさん1分単位でサウナルーム滞在時間を管理しているので、それぞれの所定時間が過ぎればどんどんと退室していく流れになっているようでした。
ちょうど三段目の端のスペースが空いたので、最高温の三段目にin。先ほどよりアツいので頭にタオルを巻き付け、また8分以上を目標に座ります。
三段目、たしかにアツい!1セット目で汗が出やすくなっているのもあり、先ほどよりたっぷり汗をかいている感じ。目の前に座った人も背中に玉のような汗をかいています。
ちょっと苦しくなるかなと不安に思っていたのですが、テレビを見ることもなく見ているとまたもやあっという間に時間が過ぎました。
サウナタイマーの遅い針の進みに「早く進んでくれー」と念を送りながら最後の60秒間を過ごし、今回はちょっと遠くに座っていたキムタクさんに目線で合図を送って退室。
ふたたび作法に従ってシャワーで汗を流し、水風呂へ。いちど入れちゃうとぜんぜん大丈夫なもんですね。人間の体験とはだいたいこういうモノなのかもしれません。
周りを見る余裕が出てきたのか、今度は自分で時計を気にしながら水風呂に入り、手で水流を作って「温度の羽衣はがし」をしてさらなる冷たさを味わうことも。1分ちょっと水風呂につかり、「ととのいスポット」へ。
「リクライニングベッドがとにかく気持ちいいっすよ」とのことだったので2セット目の休憩は寝てみることにしました。「休憩を寝てする」というのも何かおかしな表現ですが、サウナにおいては「休憩」は能動的なものなのです。
まだ雨は降り続いているのですが、ちょうど屋根の下にベッドがあるので雨は気になりません。ベッドはリゾート地などにあるシンプルなプラスチック製の白いベッドなのですが、ここに寝転がっていると、これがもうキモチイイの最上級な感じでした。
ベッドに寝転んでトゴールの湯の低い天井を見ていると、なんだか天井が流れていくように感じます。空いた天井からのぞく雲が流れているのか、天井が動いていっているのか、ふわふわとしたふしぎな感覚。
そして、カラダが周囲と一体になっていくというか、境界線があいまいになっていくような感覚を覚えました。うう、キモチイイ。このままずっとこの状態でいたい。
また何分経ったか分かりませんが、「それじゃ最後のセットいきましょうか」と起こしに来てくれたキムタクさんの合図で、ふしぎな感覚から呼び戻されました。またトゴールで軽く半身浴をして、水を飲んでサウナルームへ。
3セット目
サウナマットの在庫切れ状態だったので、使用済みのマットをシャワーで軽く流して使わせてもらうことにし、サウナルームへ。
「最後のセットはちょっとがんばってもいいかもしれません」とのことだったので10分入ることにしました。ちょうど2段目が空いていたので2段目にin。もう3回目となるとだいぶ勝手がわかってきました。
またテレビを見ることもなく見ていると、さらにさらに汗が吹き出し、だんだんそれ自体が気持ちよくなってきました。オジサンたちの我慢大会だと思っていた過去の自分に謝りたい。
あっという間に時間が過ぎ、シャワーで汗を流して水風呂へ。もう、カラダが水風呂を欲しています。ヤバいですね。
「ととのいスポット」にいくと、ちょうど小雨になったのでドラマで3人が座っていた椅子で休憩。ミストのような雨粒がカラダにあたってピリピリと気持ちイイ。
と、最初は思っていたのですが、やや雨脚がましてきたので屋根の下の椅子に退避。そこでまた座っていると、2セット目の終わりに味わった感覚がまたやってきました。
多幸感、全一感、世界との一体感、深いリラックス…なんとでも呼んでいいでしょう。
この感覚。すべてはあるがままに良く、平穏です。
もう、なにも足すものも引くものもないです。
それでいいのです…
これでいいのだ。
「ふわー」とか「ふえー」とか「ほわー」とか、そういったとにかくゆるみ切った声が出る感じで、なんだか顔がニヤニヤしてきます。
そして周りを見回すと澄んだ遠い目をしたおじ様たちが…彼らもまた「ととのって」いるのだろうと確信しました。
また何分経ったか分かりませんが、キムタクさんに声を掛けられ、夢見心地からの覚醒。カラダとココロすべてがリフレッシュされ、さきほどの多幸感の余韻が続いています。
ビックリすることに、この3セットを終えたころにはすでに入館から2時間弱が経過していました。「時間とは意識の内容である」を別の意味でまた味わうことになりました。
北欧カレー
レストランに移動してランチタイム。このレストランはドラマ『サ道』でサウナの次くらいに撮影に使用される場所で、本当にドラマで見たまんまの「ザ・休憩所」といった趣のところでした。
ドラマのシーンでは映っていないのですが、レストランの奥側が喫煙可能なのも、スモーカーの僕らとしては嬉しいところ。
ビールで乾杯し、のどに流し込むと、五臓六腑どころか六臓七腑にしみこみそうなうまさ。初めての「ととのい」体験について話し、名物の「北欧カレー」とナポリタンを追加で頼んだレモンサワーで流し込みます。ウワサの「北欧カレー」もナポリタンもうまい、うますぎる。
カレーもナポリタンも、まさに「昭和の喫茶店」の味です。あの星占いのボールが置いてあるタイプの店。ただ、いまの多幸感に満ちた状態には、これがとてもマッチするのです。
話している間もどこかふわふわとしていて、何を話していても楽しいというか、顔が勝手に笑ってしまうというか、「トリップ」や「トランス」という言葉がサウナでの恍惚状態につけられる意味が分かった気がします。
(カレーを撮り忘れてしまったのでオリジナル箸袋)
こんなわけで、僕のサウナ初体験は、ありがたい先達のチカラでばっちり成功でした。人生は「ととのい」以前と「ととのい」以後に確実に分かれると今では確信しています。そうです、僕はととのい童貞をうしなったのです。
(『サ道』のお三方と)
サウナイキタイというサウナー(サウナ愛好家)のSNSも教えてもらい、さっそくアカウントを作りました。
sauna-ikitai.com
そして、もう次のサウナを探している自分がいます。
北欧の割引券。いまとなっては魔性の力を感じます。