何度か演奏会を主催させていただいた、クラシックギタリスト小暮浩史(こぐれひろし)さんの2枚目のアルバム『oblivion』が発売されました。昨年の2017年には東京国際ギターコンクールで久々の邦人優勝を飾り、いまもっとも勢いに乗っているギタリストの一人です。
今回のアルバム、まったく前情報なしで開封したところ、1曲目にローラン・ディアンス編のピアソラの『リベルタンゴ』が収録されていました。演奏会などでも聞いた記憶がなかったのでまずビックリ。
ピアソラの曲のギター独奏ですと『アディオス・ノニーノ』『チキリン・デ・バチン』『天使の死』『オブリビオン』『ブエノスアイレスの春・夏・秋・冬』あたりがよく弾かれていますが、おそらく一般的には一番有名な『リベルタンゴ』は他のギタリストの演奏会でも聞いたことがなかった気がします。
聞いてみるとイントロは耳に慣れ親しんだ『リベルタンゴ』とはまったく違った曲相で、クラシックギターの複雑な技巧のオンパレードのような難曲でした。
『A列車で行こう』から『チュニジアの夜』まで、ギター1本でジャススタンダードの国へもひょいっと越境してしまうディアンス。タンゴだろうがなんだろうが、エンターテイメント、あるいはアートに昇華してしまう、ローラン御大の真骨頂といったところでしょうか。
小暮さんの演奏をきく時に思うのが、この「エンターテイメントとアート」の2つのバランスの良さです。クラシックギターというのは、どちらかといえばアートの領域に引っ張られがちで、超高度な技巧や芸術性の高さというか、ともすれば堅苦しい雰囲気をまといがちな世界に感じます。
その中で小暮さんの演奏は常に根底にエンターテイメント魂が流れていて、独特のグルーブというかポップさがあって、今風に言えば「いいバイブスだしてる」感じなのです。ブローウェル編のピアソラ『天使の死』を得意としていた小暮さんですが、『リベルタンゴ』を演奏会で聞くのも楽しみです。
ニューアルバムの聞きどころはたくさんあるのですが、数回聞いたいまの時点で特にお気に入りなのが、ロベール・ド・ヴィゼーの『組曲ト長調』です。
ギターで留学してリュートなどの古楽器を勉強するギタリストがいると聞きますが、小暮さんもその一人で、テオルボ(リュート属の楽器でネックがとても長いやつ)を学んでいるそうです。
ロベール・ド・ヴィゼーは17世紀のフランスで活躍したギターとテオルボの名手といわれています。クラシックのメジャー作曲家の中に置かれると目立たない存在かもしれませんが、クラシックギター界の中では有名な作曲家で、ルイ14世の宮廷音楽家をしていました。(詳細は謎に包まれた人らしいです)
ルイ14世といえばブルボン王朝イケイケ時代を作った人かつ、ダンスパーティ好きな元祖パリピ。ド・ヴィゼーはその太陽王に音楽を捧げていたというのですから、今でいえばワールドクラスのミュージシャンだったのかもしれません。
ライナーノーツによると、ド・ヴィゼーが遺した「テオルボとリュートのための曲集」と「セズネ手稿譜」の2つの版をもとに小暮さん自身がギター独奏用にアレンジしたもので、もともと通奏低音(要は今でいうところのベース音)を弾くテオルボを表すためにギターの5,6弦をかなり低くチューニングしています。
ゆったりしたプレリュードから始まるバロック時代の音楽。低音がとても心地よく、天気の良い11月の休日の朝になど聞いていると、なんだか自分の人生が豊かになった気がしてきます。洗濯ものもよく乾きそうです。
そして、もう1曲だけ挙げるとするならばセルジオ・アサドの『南米風変奏曲』でしょうか。こちらは2年前のアントニー国際ギターコンクールの課題曲として作曲された新しい曲で、このCDが世界初録音ということです。
小暮さんはこのコンクールに参加し、作曲家本人の前で演奏し、課題曲を最も優れて演奏したものに贈られる「課題曲賞」をアサド本人からいただいたそうです。いま録音を残すとしたら、小暮さんをおいてほかにはいないといったところでしょうか。
こちらはクラシックギターを弾く人ならば誰でも知っている、フェルナンド・ソルのエチュード(練習曲)から始まります。「夢」という名前が付けられ、ギター愛好会にも愛奏されるシンプルで美しい曲です。
『南米風変奏曲』は、クラシックの変奏曲によくある、素人にはどこがどう変奏されていっているのかよくわからない曲と違って、このエチュードがかなり原型をとどめたままに様々な南米の民俗舞曲に変奏されていきます。
アサドらしい洒脱で軽妙な曲で、耳になじみやすく、クラシックギターを聞いたことがない人は、こういう曲から聞いたら楽しめるんじゃないかなという1曲です。これからいろんな演奏家が弾いていくようになるかもしれません。
もっといろいろと書きたいのですが、どんどん長くなってしまうのでこのへんで。
さて、そんな2枚目のアルバムを出したばかりの小暮さんですが、昨年の東京国際ギターコンクールの優勝記念で全国ツアーの真っ最中です。
クラシックギターを初めて聞かれる方も、愛好家の方もきっと楽しめると思いますので、お時間ありましたらぜひ足を運んでみてください!