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アリが歩く時はどの足から動かすか知っていますか? -映画『モリのいる場所』を見る

モリとぼく

沖田修一監督『モリのいる場所』を池袋シネリーブル池袋でみてきました。

僕がモリこと画家・熊谷守一を知ったのは3年ほど前でしょうか。調べてみると「熊谷守一美術館」まで歩いて行ける距離に住んでいることがわかりました。モリが終の棲家とした地の跡地に美術館は建っていて、そこで初めてモリの描いた猫や自然の絵に出合い、一発で魅了されてしまいました。

昨冬から今春にかけて東京国立近代美術館で開催された「没後40年 熊谷守一 生きるよろこび」というモリの展示にも足を運びました。モリは「轢死」をテーマにカンバスに向かっていた時期があり、後期のポップな作風からは想像もできない、荒々しい絵に驚かされました。

仙人のような容貌(本人はそう呼ばれること嫌ったらしいですが)、ポップな絵、「へたも絵のうち」と言い放つキャラクター…そんなこんなで、この熊谷守一という画家にすこしずつハマっていったのです。

 

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映画になった

映画が5月に公開されることは、近代美術館の展示の際に告知がされていました。モリは「池袋モンパルナス」を代表する画家のひとりで、いわば地元といえる池袋の映画館にかかることはやはり嬉しいものです。もちろんシネ・リーブルでみるしかないです。

山崎努がモリを演じ、モリの奥さんを樹木希林が演じることは知っていましたが、それ以外は情報を入れずに見に行ったので、脇を固める俳優陣の豪華さにびっくりです。加瀬亮、光石研、吹越満にきたろう…油断すると松重さんとかが出てくるんじゃないかと思えるような贅沢なキャスティングでした。

沖田さんといえば『南極料理人』、『横道世之介』にみられるように、少しエキセントリックな人物のゆるやかな日常や、その場にただようオフビート感を描かさせたらピカイチの人で、この『モリのいる場所』でもその手腕は遺憾なく発揮されていました。

 

 モリの目で見ること

モリと言えば「アリが歩く時には、左の二番目の足から歩き出す」ことを発見したほどの恐ろしいまでの観察眼の持ち主といわれています。物語の中でも、モリの家の庭を訪れる多くの野生の生き物、草花が、ただただそのままに映し出されるシーンが多用されています。

アリがキビキビと歩き回る姿を微動だにせずにとらえ続けるカメラ。もちろん自然のアリなので(おそらく)何の意図もなく、ただ歩き回っているだけです。これを見続けることに、僕は正直にいって、じれったさや、居心地の悪さを感じずにはいられませんでした。

歩き回るアリ、風に吹かれてそよぐ葉、これでもか、と言うようにただただレンズは茫漠とした空間を切り取り続けます。

ふしぎなことに、冒頭にはじれったさを感じさせられていたこの映像に、次第に僕の目線は慣れていき、ある種のシンクロをするようになっていきました。ただ「見続けること」が、「強い意志をともなった行為」として感じられるようになっていったのです。

たぐいまれな観察眼を持った画家と、凡俗であるところの我々の間にある相容れなさ、この「じれったさを感じること(感じさせること)」というのが、監督のねらいのひとつであり、またこの映画にある種の普遍性をもたらしているのではないかと僕は思いました。

「モリの見ていた世界」を丁寧にくみ取り、再構築して観客に感じさせること。仙人と呼ばれ、なかば世捨て人のような生活を送っていた芸術家のまなざしを追体験させること。

すなわち「モリが見ていたように世界を見ること」により、熊谷守一という芸術家の豊かな芸術世界を味わわせることが、沖田監督のねらいだったのではないかと思うのです。「その人が見たままに世界を見る」ことは、他者への理解、共感、シンクロ…何とよんでも構いませんが、まさに「他者の立場に立つことはできるか」という普遍的な命題なのでないでしょうか。

 

掘ること

モリは30年以上にわたって自宅の庭から一歩も出ずに、いわば庭を小宇宙として生きています。決して広くはない庭にはモリが30年をかけて掘っているという池がでてきます。いわゆる村上春樹的な「井戸を掘る」と同じ象徴表現なのですが、こちらも非常にユーモラスに描かれていてよかったです。

モリの家の隣にマンション建設の予定があり、モリの芸術にシンパシーを感じしている若い学生などが、反対運動をしているのですが、そのことをモリは知らなかったり、このあたりは現在のSNSの風刺として面白かったです。

 

食卓を囲うこと

邦画における重要な象徴表現でもある「食卓を囲む」シーンが何度も出てきます。モリの人柄にひかれて様々な人がその場に居合わせますが、この作品の中での最大の人数が集まるシーンでモリが取る行動が、またいいです。公開中の映画なので今日はこの辺にて。

 

余談 カメラのこと

モリの家に通い、モリを撮り続ける若い写真家が劇中に出てきます。加瀬亮が演じる藤田武という写真家で、モリの一瞬をファインダーにとらえるために色々な工夫を凝らしたり、NIKONの一眼レフを手にひたすら待ち続けたりするシーンがコミカルに描かれます。

この藤田武は、モリの写真を撮っていた藤森武さんという写真家がモデルになっています。藤森さんは土門拳の弟子のひとりで、師の志を継ぎ、仏像の写真を撮り続けている写真家です。

藤森さんが撮ったモリの写真集『独楽 熊谷守一の世界』も、こんなふうに撮られたんじゃないかなと、ちょっと微笑ましくなるシーンがたくさんあり、カメラ好きとしてもたまらない感じでした。 

 

 

 『モリのいる場所』はまだしばらくは上映しているようです。この機会にぜひ、東京の片隅で、隠者のように描き続けた芸術家に触れてみてはいかがでしょうか。この何もかもが恐ろしい速さで流れていく世界で、きっとそのまなざしがもたらしてくれるものがあると思います。